自己紹介

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静岡市, 静岡県, Japan
おはぎを作ってみんなを笑顔に。 趣味の和菓子作りが高じて、「おはぎの山さん」という二つ名を頂くほどに。 人におはぎを配っていたら、何の因果か2018年1月に、ネパールへ行っておはぎを作る「おはぎdeネパール」を敢行。 その後、日本へまっすぐ帰らず、タイを起点として東南アジアを2週間かけて一周する、初バックパッカーの旅を経験する。 介護関係の仕事をしているが、将来はパソコン一台持って、世界を旅する目標を持つ。 妻と、小中高の子供三人。 いずれ、寒がりの妻とは暖かい南国で暮らしたい。 現在、おはぎをツールとした交流会、おはぎ教室などを不定期開催。

2018年3月8日木曜日

「おはぎdeネパール」の誕生


2017年12月26日(火)
「超極秘資料公開(笑)」



超マメで、仕事の早い白岩さんは、ちゃんと旅に名前を付けて、
旅程を組んでいた!!

この時には、ネパール行きの日程も決まり、具体的にどのように行動していくかも考えられていた。

資料を見ると、
1月20日日本発
翌21日ネパール到着、チェックイン
22日、23日とおはぎを作り、文房具を配り、観光し
24日にネパールを発


実際は25日までいたのだが、
この時点で、この資料を見て

僕はもう





いっぱいいっぱいだった




どこで、

どうやって

どんなふうにしておはぎ作るの!?



実はこの時、「週末カフェ」というのに参加して、
旅行会社にお勤めの方と知り合い

さらにそこから、ネパール在住の日本人と連絡が取れ、

メールでやり取りしていたんです。


が、



結構細かくきっちりされた方なのか、

企画書はありますか、とか、
他細かく、どのくらい作るのか
人数は、
道具は、
場所は


いろいろ聞かれて


完全にオーバーフロー状態





だって、そんなの全くわからないし


わからないから聞いてるのに、

余計わからなくなって



助けてーって感じ



この時点で、文房具を配る小学校だって決まってないし
お金もないし

準備してないし


さあ、

ないない尽くしでどうなる!?







そんな中、迫りつつある天才万博に向けて、チラシを作ってみた



この、「おはぎdeネパール」につかってる
「de」

よく、お店やイベントでも「〇〇de△△」ってつかわれてるけど


フランス語で「△△の〇〇」って、~の、という意味でつかわれる接続語なので


「ねぱーるのおはぎ」

という意味になってしまう。



まあ、あながち間違ってはないけど、
ちょっとフランス語かじってたので、何となくこの言い回し使いたくなかった。




けど、人に知ってもらって、広めていくのに、

わかりやすくて言いやすくて覚えやすいっていうと、

やっぱこれかなーと思って、結構悩んでネーミングしました。



パソコンで作りこもうと思ったけど、そんな時間もなかったので、
写真やマスキングテープなどを貼りこんで完成。


やっぱ手作りはいいね!



ネパールでおはぎをどうやって作るかはまだ謎だけど


天才万博に向けて約300個のおはぎを作る準備を始めないと!!



2018年3月7日水曜日

ホームレス小谷さんに問う


 2017年12月13日(水)

あーかーいーあかーあいー
赤い服着た小谷さん


ホームレスで5年間

人の恩を回して生きていく小谷さん

この、真っ赤で、胸に☆

この人に、問うてみた。


 

「クラウドファンディングやるんだけど、どうしたらいいですか」




この日は、小谷さんを敬愛する、我がクラウドファンディングアドバイザーが、
小谷さんを誘って、仲間内で食事会。

僕も、唐揚げと餡巻き、シフォンケーキを準備していった。




とりあえず、先日に引き続き、みんなにギプスファンドを依頼。

ペンで好き勝手書いてもらい、カンパを募る。

でも、やはりうまく言えなくて、数十円から百円とか

ほんとは300円って言ってたんだけど、それすらやはり口に出せず。






小谷さんはじめ、みんなでおいしく食べる。

さて、

小谷さんに話していると、だんだんダメな自分が出てきて、
なんだか落ち込んでいって
暗いモードに

だけどそれが面白かったみたいで
「山本さん、おもろ!」
と、なんだか楽しんでもらえたみたい。



「山本さん、おはぎ作るのうまいなら、僕のやる『天才万博』来たらええですやん」

「そこでおはぎ配って、みんなから支援してもらえばいいですよ」

「みんな僕の友達だから、わかってくれますよ」




この、小谷さんの言葉は、

本当に

この先の命運を分ける言葉だった。




だが




この時、いや、今でも

ほんとにお金がなくて、
出費を抑えていただけに


天才万博などという、よくわからないイベントに
しかも東京まで
しかもチケット代3000円とか

とても出せるものではなかった。


いや、

あるんですよ?

そのくらいのお金



出せるの?出せないの?
どっち?


そう、お金って、自分にとってどれだけ価値を感じるかで、いくらでも出せるし
一円も出せなくもなる。


自分にとって、年末の東京行きなんて


ただただ、出費のプレッシャーでしかなかった。


そんな時



一緒に参加していたお茶屋さんが


「僕出しますよ」


え、ええええええ!?



なんだろう

僕より少し年上のお茶屋さんは

なんだか不思議なオーラを出してるんだけど

なんだか恐るべき太っ腹さで

なんと3人分もチケット代を出してくれた




なんだろう


この、この価値観。太っ腹。


僕にはまねできない。




ずっと、財布の中の3000円とにらめっこしていた自分は、
いったい、何?



とにもかくにも、お茶屋さんのおかげでこんなチケットをゲット




 このチケットは、
奇跡への第一歩
いや、すでに何歩も歩いていたのかもしれないけど

この時は全く気付いていなくて


なんだか、自分のふがいなさや、どうやって東京行きを奥さんに説明しようかとか、
なんだかいろいろもやもやしながら



年末に

東京の、
天才万博という謎のイベントに行って

おはぎを会場で配って

支援を募る


実は当日大反響で、3万円以上の支援を集めることになろうとは

この時は知る由もなかった。



なんだかんだでギプスにいろいろ書いてもらって、この日は終了。








ホームレス芸人小谷さんが来たー!

小谷さんについて知りたい人は、色々検索してもらうとして

どうやら僕は恵まれているようです

でも、いつも目の前も周りも見えていないので、足がちゃんと地についていないのです。

そして、些細なことで落ち込んだり悩んだりしています。

って、あー、めんどくさ

「オモロー!」
って、なんでも楽しいことばかりなんですよ、世の中は。



リアルクラファンの始まり

2017年12月12日
【ギプスファンド】

ネパール行きが決まって、すでに10日以上が過ぎていた。


その間、イベントも多く参加し、ことあるごとに
「白岩さんと一緒にネパール行っておはぎ作ってくるんです」

と、いろんな人に言って回っていた。

【白岩さん】は、僕の周囲ではとても有名なので、
「ああ、あの人と行くんだね、すごいね」
なんて話になって、会話が弾みやすい。


白岩さんサイドでも、ネパールに持っていく文房具に
「from JAPAN」
と書いたシールを張り付ける作業などを進めていた。





ところで、ネパール行きが「決まって」というが、
実はこの時点では出発日すら決まっておらず、
そのため宿泊先や、当然どこで文房具を配るか、おはぎを作るかも、
全く決まっていなかった。



ここで、「なんでおはぎなの?」という疑問もわいてくるが、それはまた別の話。






さて、


「ネパールに行っておはぎを作る」はいいのだが、何よりも資金が問題。

都合よく、というか、その人がいたからこそやってみようかと思った
「クラウドファンディングアドバイザー」のN氏に、
どうしたらお金を集められるのかを聞いてみた。


結論
「クラウドファンディングは、信用をお金に換えるシステム」


商品やら企画やら、なんでもいいのだけれど

その人に対してお金を出してもいい
出すことで自分も幸せになれる
結果、みんなが幸せになる


そういった、ただモノがいい、というのではない、
ヒトとコトに投資する、と言ったらいいのでしょうか。


そして、クラウドファンディング、最大のキーワード



それは・・・





「お金ちょうだい!」




この一言が、言えるか言えないか。




そう


どんなことをしても、結局はこの一言が言えないと、人はお金を出すアクションに
移れないのだ。
ただ、この言葉は、口に出すのにものすごい勇気がいる。

恥ずかしい、とかいうのとは全く違う

自分をさらけ出し、
自分を他人に評価してもらう

そんな恐ろしい言葉なのだ。



それでも、


僕はお金を集めなくてはいけない。



人はいつ死ぬかわからない。


だったら、一時の恥なんて、怖さなんて、なんともない。


やらない後悔のほうが大きいことは、ご承知の通り。


そこで、以前から行ってみたい酒場があったので、こんな告知をFBで出してみた。




今夜辺り、くうねる酒場でちょい飲みしたいのですが、
どなたか一緒にどうですか?

来てくれたら…




ハグします




え?
いらない?


じゃあ、


一杯おごります

どちらかで(๑^^๑)

☆…☆…☆…☆…☆………………

ギプスファンド始めます



あと2日で取れてしまうギプス
皆さん、このギプスにメッセージ書いてみませんか?
山さんへの応援でも、世界への愛でも、宇宙への信号でも、何でもいいです。


一筆100円から。
また詳しく書きますが、ネパールへ行く支援金として使わせていただきます。


って言っても、今日明日しか期間がないので、もし会うことができたら、
その時はよろしくお願い致します




平日だったし、誰か一緒に飲みに来てくれたら、一杯くらいおごっても損はないかなとも思ってた。

なんと、モノ好きな方が、「遅れるけど行くよ」とコメントをくださったので、何となく勇気もわいて、お店に行ってみた。


このお店、立ち飲みで、店の真ん中にテーブルがあり、そこを囲んで知らない人同士で飲むという、なんとも趣向の変わったお店。

やはり恥ずかしいので、テーブルに背を向けて座っていると、なんと「こっちにおいで」と、ほかのお客さんに誘われた


6名ほどいたお客さんたちは、とても仲よさそうに話していたのだが、今日が初対面という人が多く、この、みんながすぐに仲良くなれる感じがいいのだと思った。



飲んでいると、先ほどコメントをくれた方や、先日サプライズ結婚式をした新婚さん、バイク屋のオーナーなど、知り合いが4人も来てくれた。


まさか、この「ギプスに字を書いて、カンパしてください」なんて投稿で、
わざわざ会いに来てくれるなんて、感動!!


わざわざ会いに来てくれた新妻♡



初めて出会ったお客さん


お店のオーナーも



初くうねる酒場

楽しかったー(≧∇≦)/

もう、みんなワヤクチャで、
距離近くって、声でかくってf^_^;

「ネパール行って和菓子作ってくるから、ギプスにメッセージ書いて!」

ってお願いして、カンパしてもらいつつ
いろいろ書いてもらった。



「俺はやるぜ」
「俺もな」
「みんなで◯を書け」
「奥さんを大事にね!」
「カレーは万国共通」
「わん」
「複雑」
「勃」
「努力」


色んな思いで書いてくれました。

さらに、合計二千円以上のカンパも!!

大切に使わせていただきます!




正直に言えば、全員からお金をもらえたわけではない。
こちらもまだ自信がなかったし
「書いたらカンパお願いします」
と口に出しきれなかった。

それでも、字を書いてくれただけでもうれしいし、

半面、1000円以上出してくれた人もいた。

こうやって人とかかわっていくのが、
その後につながっていくのだと。



2018年3月5日月曜日

悪魔のささやき。静岡をアツくする男から。

2017年11月24日(金)

この時がターニングポイント。
この日この時、海外へ旅立つことが決まった。

いや、ターニングポイントをターニングポイントせしめる事実も重なっていた。


ちょっとさかのぼる。

骨折をする前日。
声優の鶴ひろみさんが亡くなった。

知る人ぞ知る、ブルマとドキンちゃんの声の人だ。

首都高で、自分の体の危険を察知したのか、車を路肩に止め、そのまま亡くなった。

なんていう、壮絶な、
そして
思いやりのある最期だろう。

翌日、
自分は3メートルの高さから落ちて、左手首の骨折のみで済んだ。


だけど



こう思った



人は、死んでしまうものなんだ。

いつ死ぬかわからない。
明日、いや、今
死ぬのかもしれない。



そうしたらもう、やることは決まってる。

後悔の無いように、今できることを、今やるべきことをするしかないのだ。

やりたいことは、今やる。
「あとで」なんて、ないのだ。



そんな風に思って過ごしていた。


そんな折、静岡では29回目を数えようとする異業種交流会
「静岡をアツくする会」が24日に開催されることになっていた。

以前から興味があったが、何となく参加できずにいて

「次から参加しよう」

と思っていた。

この「次」とは、2018年1月に開催予定の第30回だ。


だが、次はないと思った。
だから、骨折してても、
周りから「大丈夫なの?」と言われても、参加したかった。


ここで、出会いがきっとある。
参加すれば何かある。
そう思って。


で、うちの奥さんも一緒に参加することになり、彼女がお勧めしているセルフまつげエクステのチラシを入れてもらうことにしていた。



当日、昼までに、主催の白岩さんの会計事務所まで届ければ大丈夫。
白岩さんは、ここ1年くらいで関わることが多くなった人だ。

出会いは居酒屋のイベントで。
その時、FBでつながり、白岩さんが立ち上げる面白そうなイベントに興味を持っていた。
スウィーツを持ち寄る会や、お取り寄せラーメンを作る会、
クラウドファンディングの勉強会、1000人無料ランチ会。

同じ沼津出身で同い年(ただし相手が1学年上)
会計事務所を営んでいて、スタッフも抱えている。
まじめだが、ユーモアもあり、プペル展では、
ほぼ主催のような立ち位置でイベントを切り盛りしていた。


この日、うちの奥さんとたまたま予定が合ったこともあり、奥さんと二人でチラシを届けに行った。


事務所には、白岩さんはじめスタッフの方も数名。

快く、笑顔で出迎えてくれる。


椅子も勧められて、座って何となくお話を始める。


「骨折して、3か月間休職になっちゃったんですよ」

そんな話をした。

普通なら、「大変だね」「大丈夫?」等の言葉が返答として出てくるのだが、
白岩さんは違った。


「3か月?いいね、海外旅行でも行ってみたら?」

え?いやいや、とんでもない

「バックパッカーとかで、旅行したらいいよ」

そんな、無謀な

英語もできないし、飛行機のチケットも買ったことないし

「そんなの、スマホ一台あればできるよ」

いや、まさかそんな。
ホテルの予約だってわからないし

「スマホがあれば大丈夫」


お金ないし

「お金はクラウドファンディングで集めればいいよ。スマホでできるよ」

え、ええええ、できる、んでしょうか


「僕、年末か来年初めに、ネパールに文房具届けに行くけど、一緒に行く?」


ええ!?マジっすか。
あの、文房具をアジアの貧しい子供たちに届けたいって、みんなから文房具集めてたあれですか


もう、この時、僕の心はすっかり海外に向いていた。

スマホ一台あれば大丈夫らしいし、
クラウドファンディングでお金は集められるみたいだし


すっかりその気になっている僕は、隣に座る奥さんに聞いてみる

ね、行ってもいいかな


すると


「お金は出せないよ。自分でお金を集めて行けるんなら、いいんじゃない」


ほんとにいいと思っていたかどうか、定かではないけれど

その一言で、僕の気持ちは決まってしまった。


何より、信頼している人の勧めと、
奥さんのOKが出たのだから、もう何も迷わなくていい。

それに、


いつ死ぬかわからないんだから、やれることをやらないと。


白岩さんについて行って、文房具を配って、なんだか楽しそう。

そう思っていたら

「僕は文房具を配るから。
 山本さんはおはぎを作って配るといいよ」


え、えええええ!?

お、おはぎ、ですか!?

確かにおはぎ好きだけど
ネパール行っておはぎって、
いったいどうやって・・・・

でも、
考えるのは後でもいい。
きっと、自分の存在価値はそこにある。


「ですよね、おはぎ、作ります。」


この日から、世界へ旅立つ準備が始まる。


2018年3月2日金曜日

横道に神を見た

「横道にそれすぎました。」

2017年11月23日(木)

神になりました。



骨折してまだ一週間もしてないのに

骨折して、体を動かすことも大変なのに

洗濯物干したり、洗い物したり、掃除したり

まあまあちょいちょいやりながらも

不便さを感じているというのに・・・



サプライズ結婚イベントに参加してしまった。

しかもキリスト役で!!





これは、静岡出身の写真家 杉山雅彦さんが企画し、
餃子で有名な「ドンドコドン酒場」を会場に
写真仲間の新婚さんに、結婚式のプレゼント


みんなで内緒の企画でしたが、最初から二人にはモロばれ。
ま、楽しかったからいいんだけどね。



で、メーリングリストでキリスト役や牧師役を募集してたので
ためらわずキリストを選ぶ。


なんか、骨折してから、あまりいろんなことを気にしなくなっていた。

人前で脱いでもいいし、コスプレも大丈夫だし
みんなが笑ってくれたらうれしいし

どうせ休みだし。


何度も「骨折」って書いてるけど、
人によっては我慢して病院に行かないケースもある程度の骨折。
もちろん痛いけど。

ギプスも、見た目派手なので、なんかコスプレ気分で。

ギプスを見て、まず「大丈夫!?」とか反応されるとうれしくて

どんどん心が解放される感じがあって、
オープンマインドになっていったと思う。


もっともっと、たくさんの人に出会いたい。
そんな思いがあふれてくる感じ、伝わるかな。

2018年3月1日木曜日

「旅の分かれ道」戻るか、横道にそれるか

2017年11月20日(月)

「横道にそれたほうが、きっとなにかある」かもしれない。

この日の、この選択は、絶対間違っていなかった。
そう思う。
そして、これがきっと、世界に旅立てた大きなステップだったんだ。


11月17日19時頃に自宅で梁の上から転落して骨折。救急搬送され、左手首の骨折と診断される。翌18日は自宅療養。体が痛くて、左腕はギプスで固められていて、こんなにも不自由なのかと思う。さらに翌19日。メールやSNS相手に時間を過ごしつつ、体の不自由な自分だからこそできることを考えた。

そして、運命の20日。
この日は、搬送された静岡赤十字病院へ、再度受診に行く日。
病院入り口までは妻に送ってもらえたが、その先は自分一人で行かなくてはいけない。

この時、一歩、いや、半歩歩くのにも痛みを我慢しながら、ゆっくり、ゆっくり進んでいた。受付から、さらに奥に進むのに、どれだけ遠く感じたろう。

バリアフリーの大切さや、体に障害を持つと、移動するだけでこんなにも負担になるのかと、世の中の不便さについて思考を巡らせていた。

受診後、近くの薬局でシップと痛み止めを受け取り、バス停へ向かう。

バス停までは、呉服町通りをひたすらまっすぐ行けばいい。
まだ午前10時頃。
意外と診察は早く終わり、人のまばらな繁華街を歩く。
伊勢丹の角にようやくたどり着く。

まっすぐ行けば帰れる。
ただ、このまま帰って、いったい自分に何があるのか?

せっかく街まで来て、何もなく帰るのか。

そう思った。

いやいやいや、
骨折して、歩くの大変で、仕事も休んでるんだから、
早くうちに帰って休みなさい、と、

良識ある人は言うのだろう。

ただ、

ただ僕は、骨折して体が痛くて、体を動かすのが不自由なだけの、ただの人だ。

帰って寝てるくらいなら、人のたくさんいる場所でただ座っているだけでも変わらないのでは?


伊勢丹の角。右を向くと札の辻跡の碑。さらにその七間町をまっすぐ行くと、
「えんとつ街のプペル 光る絵本展」が開催されている。

お笑い芸人キングコングにしのあきひろが、クラウドファンディングで資金を集め、さらにクリエイターを集め制作した絵本。その絵本展ですら、クラウドファンディングで開催権を得られるというのだから、その発想に驚きだ。

静岡の街中での開催は、日ごろイベントなどでお世話になっている方たちが参加している。スタッフもみんなボランティア、というか、好きでやっている。
もちろん無償で。

そこに行こう。
ただ座っているだけでも、スタッフとして使ってくれないだろうか。

それに、そっちのほうが絶対面白い。


僕は、右に進路を変え、一歩ずつ歩いて行った。

なんか、わくわくする。





その日のFBより。


『療養生活3日目(11月20日)

この日は日赤受診帰りに
「まっすぐ帰るか」
「ここを曲がって、プペル展行って、
なんかお手伝いできるかな…座ってるしかできないけど」

の二者択一を伊勢丹前でちょっと悩み、プペル展へ足を向けた。
すると偶然にも知り合いの女性と遭遇。

彼女も骨折経験があるということで、骨折話に花が咲く🌸

これから仕事だということで、バイバイと言って別れたすぐ横に、最近独立した友人の事務所があるコワーキングスペース。

これもタイミングと思い連絡。
午後に会う約束をしてプペル展へ。

プペル展では、これまた主催の方も、アバラ八本折の骨折経験者という事で、これまた骨折話に花が🌸🌸

その場に居合わせた方たちとも知り合いになれた。

プペル店の外で道行く人に声をかけていると、先程合う約束をしていた友人と遭遇。
お昼を食べに行く。
カレーライス500グラムの中盛頂き

帰り際に友人と歩いていると、これまた偶然スノドカフェのオーナーさんに遭遇。
友人と二人で「オーナーさんみたいなナイスダンディになりたい」と話し、そこで解散。

やっぱ足腰痛いので、ひょっこ、ひょっこ、とセノバまで地道に歩き(遠い!!)、
バス停に着いたらすぐにバスが来た。

何が言いたいかというと、

病院帰りにまっすぐ行くか、曲がるかの二者択一、これ、正解だったなって。

沢山の人に出会えて、笑顔やありがたいお話を頂けて、全てスムーズに運べて。

よしよし、皆の助けで僕は生きてるぞ

きっと、いい方に行くぞ

皆にお返しをするぞ

そんな思いになれたのでした。

ちなみに、帰ったら腰が痛くて痛くてぐったり(苦笑)

そんな中、帰宅した長男君が、風呂洗い、ご飯炊き、食器洗いをやってくれた。
泣ける


さらに、僕の骨折の原因になった、【吹き抜けに透明パネルを張る作業】も難なくこなしてくれた。とび職みたい




プペル展では、ほんの少しお手伝いし、その後数日お手伝いをすることになる。
プペル展終了まで、約40名の方と知り合いになり、FBでつながった。
自分の中では、驚異的な知り合いの増え方だったし、たくさんの出会いが、自分をさらに後押ししてくれることになる。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

結局どんな旅をしてきたのか!?
実はアメブロにまとまっています。
うちの素敵な奥様が、僕のFBを追いかけて記録したブログ

「静岡からバックパッカー
おはぎの山さん放浪記」

https://ameblo.jp/ohagi-oyamasan/theme-10105136680.html


ぜひこちらもご覧ください。






旅の始まりは自宅療養から

2017年11月18日(土)

自宅での転落事故から一晩明けて。

その日のFBより。

『体の状態はというと。

前の晩、自宅の梁の上で作業中に転落。

左半身をしたたかに打ち付けました。

その時、左手を腰の下に置くようにして腰から落ち、 左手首が少し剥離骨折。

現在も左手首だけでなく左の腰全体、そして足首が痛いので、動かすときは左半身が全く思うようになりません。

半身麻痺の方の気持ちが少しわかりかけてきました。

顔を洗うにも、着替えるのも、お風呂入るにも食事をするにもなんとままならないことか。

いつもは正座をしてお椀を持ってご飯を食べるのですが、茶碗を持てないで、犬食いのように食べる姿。

とりあえずギプス外れるのに1ヶ月かかるということなので 、職場の方には大変ご迷惑おかけしています。

が、

今ここで、

今の自分だからできることを探さないと。

でないと家での居場所がなくなります(深刻)

今の世の中、スマホ一台で仕事ができるって言います。

本当にそれが実証できるのか。

今こそ いろんな形の力を借りながら、 将来の自分に向けて、 やれることを一生懸命やりたいと思っています。

クラファンかアフィリエイトか ネットショップか、他には…?!

お知恵をお貸しいただける方是非お願いします。 』




布団に横になりながら、今こそ何かできないか、
いっそのこと、このまま寝ながらでも収入が得られないか

そんなことを考えていました。


うちでじっとしていても、なんだかもったいない。

半面、体が思うように動かないもどかしさと・・・



面白さ。



本当に、体に障害を持って苦しんでる方には
本当に、申し訳ないのですが


体が思うように動かないのが面白い
このままならなさ。

これは、いずれ回復するであろうことが予想されるので、そこから来る楽観。

食事もうまく取れない。
どうすればうまく食べられる?
どんな食器があったら、麻痺がある人でもうまく食べられる?

衣類の着脱、トイレ、移動、本当に大変。
だけど、知らない、知らなかった世界。

もう、これは自宅がアドベンチャーワールド。

移動だけでも大変なのに、階段なんてもうエベレストかってくらい

多分、この日は階段を上がってないのだけれど、階段を上がるのって本当に大変なことなんだなと。歳を取ったらこのうちで生活できるのかなと。


とある人が、やはり骨折で入院した際に、体が全く動かせないので、
トイレなどは看護師さんに介助してもらったと聞いたけど

やはり、恥ずかしいよね。


僕も、デイサービスや老人ホームで働く介護福祉士だから、
介助する気持ちはわかるけど、

じいちゃんばあちゃん、相当恥ずかしいよ。


食事の話に戻るけど、
うちは2階がリビング。
布団の部屋は一階で、療養中は家族が食事をもってきてくれた。


それでも、


やはり一人で摂る食事は切ない。

この切なさを知ることも、
ただ生きているだけでも大変だということも

後から思えば、すべては知らない世界への旅なんだと感じる。

この時はまだ、自分が2か月後にはネパール旅行に行くなんて、
微塵も想像していなかった。



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結局どんな旅をしてきたのか!?
実はアメブロにまとまっています。
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ぜひこちらもご覧ください。



旅に出よう

2018年1月20日(土) 「さあ、旅に出よう」 ここは東静岡駅 家族みんなで送り出してくれたこの日。 「もしかしたら戻ってこられない可能性もあるかもしれない」 旅に出るって、そんな思いも抱くんだなって、 思ったこの時。 ...