自己紹介

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静岡市, 静岡県, Japan
おはぎを作ってみんなを笑顔に。 趣味の和菓子作りが高じて、「おはぎの山さん」という二つ名を頂くほどに。 人におはぎを配っていたら、何の因果か2018年1月に、ネパールへ行っておはぎを作る「おはぎdeネパール」を敢行。 その後、日本へまっすぐ帰らず、タイを起点として東南アジアを2週間かけて一周する、初バックパッカーの旅を経験する。 介護関係の仕事をしているが、将来はパソコン一台持って、世界を旅する目標を持つ。 妻と、小中高の子供三人。 いずれ、寒がりの妻とは暖かい南国で暮らしたい。 現在、おはぎをツールとした交流会、おはぎ教室などを不定期開催。

2018年3月1日木曜日

「旅の分かれ道」戻るか、横道にそれるか

2017年11月20日(月)

「横道にそれたほうが、きっとなにかある」かもしれない。

この日の、この選択は、絶対間違っていなかった。
そう思う。
そして、これがきっと、世界に旅立てた大きなステップだったんだ。


11月17日19時頃に自宅で梁の上から転落して骨折。救急搬送され、左手首の骨折と診断される。翌18日は自宅療養。体が痛くて、左腕はギプスで固められていて、こんなにも不自由なのかと思う。さらに翌19日。メールやSNS相手に時間を過ごしつつ、体の不自由な自分だからこそできることを考えた。

そして、運命の20日。
この日は、搬送された静岡赤十字病院へ、再度受診に行く日。
病院入り口までは妻に送ってもらえたが、その先は自分一人で行かなくてはいけない。

この時、一歩、いや、半歩歩くのにも痛みを我慢しながら、ゆっくり、ゆっくり進んでいた。受付から、さらに奥に進むのに、どれだけ遠く感じたろう。

バリアフリーの大切さや、体に障害を持つと、移動するだけでこんなにも負担になるのかと、世の中の不便さについて思考を巡らせていた。

受診後、近くの薬局でシップと痛み止めを受け取り、バス停へ向かう。

バス停までは、呉服町通りをひたすらまっすぐ行けばいい。
まだ午前10時頃。
意外と診察は早く終わり、人のまばらな繁華街を歩く。
伊勢丹の角にようやくたどり着く。

まっすぐ行けば帰れる。
ただ、このまま帰って、いったい自分に何があるのか?

せっかく街まで来て、何もなく帰るのか。

そう思った。

いやいやいや、
骨折して、歩くの大変で、仕事も休んでるんだから、
早くうちに帰って休みなさい、と、

良識ある人は言うのだろう。

ただ、

ただ僕は、骨折して体が痛くて、体を動かすのが不自由なだけの、ただの人だ。

帰って寝てるくらいなら、人のたくさんいる場所でただ座っているだけでも変わらないのでは?


伊勢丹の角。右を向くと札の辻跡の碑。さらにその七間町をまっすぐ行くと、
「えんとつ街のプペル 光る絵本展」が開催されている。

お笑い芸人キングコングにしのあきひろが、クラウドファンディングで資金を集め、さらにクリエイターを集め制作した絵本。その絵本展ですら、クラウドファンディングで開催権を得られるというのだから、その発想に驚きだ。

静岡の街中での開催は、日ごろイベントなどでお世話になっている方たちが参加している。スタッフもみんなボランティア、というか、好きでやっている。
もちろん無償で。

そこに行こう。
ただ座っているだけでも、スタッフとして使ってくれないだろうか。

それに、そっちのほうが絶対面白い。


僕は、右に進路を変え、一歩ずつ歩いて行った。

なんか、わくわくする。





その日のFBより。


『療養生活3日目(11月20日)

この日は日赤受診帰りに
「まっすぐ帰るか」
「ここを曲がって、プペル展行って、
なんかお手伝いできるかな…座ってるしかできないけど」

の二者択一を伊勢丹前でちょっと悩み、プペル展へ足を向けた。
すると偶然にも知り合いの女性と遭遇。

彼女も骨折経験があるということで、骨折話に花が咲く🌸

これから仕事だということで、バイバイと言って別れたすぐ横に、最近独立した友人の事務所があるコワーキングスペース。

これもタイミングと思い連絡。
午後に会う約束をしてプペル展へ。

プペル展では、これまた主催の方も、アバラ八本折の骨折経験者という事で、これまた骨折話に花が🌸🌸

その場に居合わせた方たちとも知り合いになれた。

プペル店の外で道行く人に声をかけていると、先程合う約束をしていた友人と遭遇。
お昼を食べに行く。
カレーライス500グラムの中盛頂き

帰り際に友人と歩いていると、これまた偶然スノドカフェのオーナーさんに遭遇。
友人と二人で「オーナーさんみたいなナイスダンディになりたい」と話し、そこで解散。

やっぱ足腰痛いので、ひょっこ、ひょっこ、とセノバまで地道に歩き(遠い!!)、
バス停に着いたらすぐにバスが来た。

何が言いたいかというと、

病院帰りにまっすぐ行くか、曲がるかの二者択一、これ、正解だったなって。

沢山の人に出会えて、笑顔やありがたいお話を頂けて、全てスムーズに運べて。

よしよし、皆の助けで僕は生きてるぞ

きっと、いい方に行くぞ

皆にお返しをするぞ

そんな思いになれたのでした。

ちなみに、帰ったら腰が痛くて痛くてぐったり(苦笑)

そんな中、帰宅した長男君が、風呂洗い、ご飯炊き、食器洗いをやってくれた。
泣ける


さらに、僕の骨折の原因になった、【吹き抜けに透明パネルを張る作業】も難なくこなしてくれた。とび職みたい




プペル展では、ほんの少しお手伝いし、その後数日お手伝いをすることになる。
プペル展終了まで、約40名の方と知り合いになり、FBでつながった。
自分の中では、驚異的な知り合いの増え方だったし、たくさんの出会いが、自分をさらに後押ししてくれることになる。


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結局どんな旅をしてきたのか!?
実はアメブロにまとまっています。
うちの素敵な奥様が、僕のFBを追いかけて記録したブログ

「静岡からバックパッカー
おはぎの山さん放浪記」

https://ameblo.jp/ohagi-oyamasan/theme-10105136680.html


ぜひこちらもご覧ください。






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